冒険者ギルドに入ろうとしたところでちょうどセシルさんが中から出てきた。
「あら、これから向かおうかと思ってたんだけど、その様子だと問題なかったみたいね」
「あぁ、ミアは無事合流できた。連れてきてくれてありがとうと伝言だ。直接伝えたいとも言ってたから、良ければ会いに行くと良いだろう。報酬は後ほど冒険者ギルドから受け取れるようにするという話だった」 「そう。襲撃者の方は残念ながら今のところ収穫なしよ。研究所から何かの魔道具の提供依頼を出しているみたい。さて、他に用事があるわけでもないし会えるか分からないけど、向かってみましょうか」 「あ、セシルさん。あそこに行くならこれを」そう言って、合言葉を書いたメモをセシルさんに渡す。
彼女はそれを見ると理解したように頷いた。「なるほどね。ありがとう。依頼も完了したしあなた達とも一旦お別れね。まぁクロヴは時々見かけるけど」
「活動地域が同じだからな」 「そうね。それじゃ、アキツグもまた機会があればよろしくね」 「はい。ここまで護衛ありがとうございました」彼女はひらひらと手を振りながら『青銅の棺』の方へ歩いて行った。
俺たちはそのまま冒険者ギルドへ入っていく。「受付はあっちだ。そういえば聞いてなかったが冒険者登録はしているのか?」
「いえ、していません」 「そうか、冒険者として活動しないなら必要ないか。それじゃ俺は襲撃者の方の様子を見にいく。たぶん信じて貰えないだろうから、契約相手のことは受付に俺から一言言っておくよ。」 「ありがとうございます。クロヴさんもここまで護衛ありがとうございました」 「あぁ。また一緒になる機会もあるだろう。それまで元気でな」 「はい。クロヴさんもお元気で」そしてクロヴさんは受付の一人に声を掛けると視線でこちらを示した。
受付の人は驚いた様子でこちらを見るが、クロヴさんに向き直って頷きを返した。 クロヴさんが離れていったところで、その受付に声を掛ける。「すみません。先ほどクロヴさんに事情を説明して貰ったアキツグと言いま
従魔登録を終えてギルド出たが、ロシェには一応姿隠を続けて貰っていた。 必要以上に目立ちたくないというのは俺とロシェの共通認識だったからだ。「さて、従魔登録も終わったけど、どうするかな。街の様子見も兼ねて色々見てみるか」 『魔道具が有名らしいし、魔道具店にも寄ってみると良いんじゃない?』 「確かにそうだな。マジックバッグみたいな便利なものが他にもあるかもしれないしそこは是非寄ろう」方針が決まったので、冒険者ギルドを出て適当に街をぶらついてみる。 魔道具で発展したというだけあって、ロンデールでは見なかったものもいくつか見かけた。 例えば、染色店の前には恐らくは宣伝と思われる様々な色を表示する看板の様なものが飾られている。人形やぬいぐるみを扱っているお店では店の窓際でぬいぐるみが踊っているのが見える。 魔道具はお店の宣伝にも利用されているようだ。 まずは大通りをとあちこち見ていると、街の中央辺りでひときわ大きな店を見つけた。店名を見てみると『ロンディ魔道具店』と書かれている。 ここがこの街一番の魔道具店かな?道中には他にも魔道具店らしき店は他にもあったが、立地的にも規模的にもここが一番だと思われる。店内に入ると入り口辺りに案内板があった。どうやら三階建ての様で、一階は日用品その他、二階は冒険者や旅用品、三階は高級品という形で売り場が分かれているようだ。 便利な日用品などであれば取引に使えるかもしれないとみてみたが、どうやら動力として魔力が必要になるようだ。考えてみれば魔道具なのだから当たり前か。魔蓄機と呼ばれるものに魔力を補充してそれを動力とするらしい。 この街には魔力を補充できる施設もあるのだが、他の街では難しいだろう。 一先ず保留にして二階を見てみる。 二階にも色々と気になる者は多かった。魔力で光るランプや遥か遠方を見ることができるモノクル、火がなくても調理などができる魔熱板など、見ているだけでも結構楽しい。当然値段も相応にするのだが、買えないほどでもない。ただ魔力の補充がなぁ。。などと考えながら3階も見てみることにする。 うっ!上がってすぐに気付く。値段の桁が違う。そこには魔法武具や飛
ロンディさんの後を付いて行くと、案内された先は応接室と思われる部屋だった。 席に座ると店員さんらしき人がお茶と茶菓子を用意してくれた。「急にお呼び立てして申し訳ございません。改めましてロンディと申します。どうぞよろしくお願いいたします」 「アキツグです。よろしくお願いいたします」 「それでは早速本題なのですが・・・失礼を承知でお聞きしたいのですが、アキツグさん、うちで支払いの際にスキルを使用されましたか?」その一言に心臓が跳ね上がる。 当たり前になって意識から抜けていたが、物々交換での支払いなんて特異なものの筆頭じゃないか。今まで誰にも違和感すら持たれなかったので、気づかれることはないと思い込んでしまっていた。「えっと、支払いは問題なく処理されたと思っているのですが、何故スキルを使用したと?」 「ふむ。誤解して欲しくはないのですが、私は支払いについてあなたを責めるつもりはありません。スキルを使用した根拠としては支払いが金銭ではなく物品で行われていたからです。うちでは通常物品での支払いは受け付けておりませんので」バレてる。やはり物々交換で取引したことがバレている。 これは言い訳は苦しいか。。「ご推察の通りです。ただ、使用したというか常時発動している効果であり、悪意があって物品で支払ったわけではないのです」 「なるほど、そうでしたか。実は店内監視の魔道具にほんの少しですがノイズの様な反応がありましてな。何事かと確認したのですが、まさか取引に干渉するようなスキルが存在するとは」 「こちらとしては仕方なかったのですが、申し訳ありません」 「いえ、それはお気になさらず。それよりもお願いしたいことがあるのです」 「お願い・・・ですか?いったい何でしょう?」 「ご存じかもしれませんが、魔道具の多くは魔法やスキルを解析してその仕組みを道具として使えるようにしたものになります。そしてあなたのようなスキルを私は見たことがありません。魔道具の発展のために是非そのスキルについて調べさせていただけないでしょうか?!」ロンディさんは話すうちに興奮してきたのか最後の方はこちらへ乗り出すよ
次の日、ロンディさんを待たせるのも悪いと思い早めに店を訪れた。 ちなみに今回ロシェには別行動をしてもらうことにしている。 魔法解析室というのがどんなものかは分からないが、ロシェが入って何かまずい情報が収集されてしまうと彼女に不利益になると考えたからだ。 彼女も気にした様子もなく『適当に散歩してくるわ』と言って出て行った。 従魔の契約によりお互いの存在はなんとなく分かっているが、ロシェの方がより感覚が鋭いようで、彼女は俺の位置まである程度把握できるらしい。 なので、用事が済むか何かあった時には合流することになっている。 店に入り昨日の応接間まで来て念のため扉をノックする。「どうぞ」中からロンディさんの返事が聞こえた。既に部屋に居たらしい。「おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」 「おはようございます。いえいえ、少し準備などしていただけですからお気になさらず。早速ですが、そちらに用意したマントとブーツの着用をお願いします」言われたほうを見るとテーブルの上にマントとブーツが用意されている。 テーブルの前にはご丁寧に姿見まで用意されている。 俺は言われるままにマントを着用し、ブーツに履き替えた。 姿見を見てみると目の前には俺の姿はなく背後の風景が写されていた。 ブーツの履き心地も問題なく軽く跳ねてみても本当に音がしない。 すごいな。これなら俺でも隠密行動ができそうだ。必要な機会が訪れるかはともかくだが。「このブーツもすごいですね。全然音がしないです」 「気に入って頂けたなら何よりです。流石に限度はありますが走行や軽い跳躍程度の音は消すことができますよ。それでは研究所へ向かいましょうか」ロンディさんについて研究所に向かう。 このブーツも相当な貴重品だろう。値段が気にはなったが予想通りの返答が返ってきそうだったので聞くのはやめておいた。 店を出てロールートを使い研究所に向かう。 道中人にぶつからない様に歩くのに苦労した。普段なら相手もこちらを避けようとするので自然とすれ違えるの
ロンディさんが用意した色々な物と交換したり、値引き交渉をしてみたり、交換した商品で再度交換したりなど色々なパターンで取引した。 取引自体は順調に進んだが、一通り試したところでロンディさんは得心が行かないように首を捻っている。「どうかしましたか?」 「いえ、なんでしょう。値引き交渉の時により感じたのですが、なんだか普段の交渉よりも判断が甘くなっているような・・・そう、損した感覚はないのですが、改めて考えると通常では納得しないような価値で取引している様な気がするのです」 「あぁ、それは恐らくスキルの影響だと思います」そういって俺はスキルの効果である『交換レートはスキルレベルと相手の需要と好感度により変動する』ことを伝えた。「なるほど。この辺でも相手の感覚や感情を取引内容に影響させているのですな。需要や好感度による変動というのは通常の取引でもあるものですが、わざわざ明記されているということはこれらにもスキルの補正がされているということなのでしょうな」ロンディさんは自問自答をしながら考察を深めていた。 最後に金銭の扱いに確認させて貰ったが、これは予想通り、受け取ることはできた。だが、その後でロンディさんに何かを渡そうとすると体が動かなくなった。スキルにより行動が制限されたらしい。試しにロンディさんが何かを貰おうと近づくと勝手に体が飛びのいた。やはり実質的に取引の扱いになるとだめらしい。恐らくは贈与が完了したと判断されるまではこのままなのではないかと思われた。「金銭の件を最後に回したのは正解でしたな。さて、一通り試し終わりましたし、本日はこれにて終了としましょうか。ご協力いただき誠にありがとうございました」そう言ってロンディさんは深々と頭を下げた。 俺は慌てて返事をする。「いや、ロンディさん頭を上げて下さい。十分過ぎる報酬を頂いていますし礼を言うのはこちらの方です」 「いやいや、あなたに出会えなければこのスキルを知る機会すら得られなかったかもしれない。その報酬は正当なものですよ」 「そう言って頂けるとこちらとしてもありがたいです。それではこれで」 「えぇ。もしまた何
宿を出てロシェと町を散策していた俺は、ふとあることに気づいた。「そういえば俺の都合であちこち連れまわしてしまっていたが、ロシェが行ってみたいところとかないのか?」 『そうね。それならあそこに行ってみても良い?なんだか美味しそうな匂いがするわ』ロシェが示したのは町中にある食べ物系の露店だった。「・・・もしかして、今までの食事口に合わなかったりした?」ロシェと出会ってからは自分達と同じ食事をロシェにも出していたのだが、彼女は文句も言わず食べていたので大丈夫なのだろうと勝手に思っていた。『いいえ、アキツグの出してくれるご飯はいつも美味しいわよ?でも、近くで良い匂いがしたらそれはそれで気になるじゃない?』 「そうか。よかった。それじゃ見に行ってみるか。ロシェはどの店が気になるんだ?」 『そうね。あそこの緑屋根のお店かな。この辺では見かけないような果物を扱っているみたい』言われて見てみると、今まで見たお店とは違う果物を扱っているようだ。 近くまで寄ると店主がこちらに気づいた。「いらっしゃい。どれも新鮮な果物だよ。おひとつどうだい?」 「確かにどれも瑞々しいですね。この辺では見かけない果物のようですが、どうやって仕入れてるんですか?」 「お?良いところに目を付けるね。これらは東のヒシナリ港で仕入れている別大陸の果物さ。ちょっと変わった味だが美味しいって結構評判良いんだぜ」別大陸の果物か。どうりで他では見かけないはずだ。 俺は果物を見る振りをしながら目配せでロシェにどれがいいか聞く。 彼女が指さしたのは緑色の丸い果物だった。「別大陸からですか。それは気になりますね。それじゃ、これとこれ下さい」 「お、良いね。その緑のはメロウって言って特別甘いぜ。赤いのはリィゴで少し酸味があるさっぱりした味だ」自分用に選んだ赤い果物と合わせて取引を終える。「まいどあり~」店主の言葉を聞きながら近場にあった人気の少ないベンチに座り、ロシェにメロウを渡す。 リィゴを食べてみると店主の言う通
宿に戻った俺は、商業ギルドで聞いた件についてロシェに自分の考えを話してみた。『人間の考えなんて私には読み切れないけど、状況をみる限り、アキツグの考えはあっていそうな気がするわね』 「だよなぁ。踊らされる人達は可哀想だけど、王女の、ひいては王国の一大事となればしょうがないか」 『まぁ、彼らも最初から半信半疑で動いているんだし、それほど落胆はしないんじゃない?それに嘘の噂のつもりが真実だったなんて万が一もあるかもしれないし』 「確かに。最初からあるかも分からないものを探しに行ってるんだから、見つからなかったとしても仕方ないと思う程度かもしれないな」 『それで?アキツグは万が一の運試しをしに行くの?』 「いや、金銭に困っているわけでもないし、やめておくよ・・・いや、金銭が使えないことには困っているけど。それよりミアは大丈夫かな?どっちが流した噂なのか分からないが心配だ」 『流石に本隊に合流できたなら大丈夫じゃないかしら。私も心配ではあるけど、あの近衛兵の人達に付いて行っても邪魔にしかならないでしょうし』 「それは・・・そうだな。せめて俺がもうちょっと戦えれば足を引っ張ることもないんだろうけど」 『無いものねだりしてもしょうがないわよ。身を隠すすべは手に入れたんだし前進はしてるんじゃない?』 「あぁ。なんでもネガティブに考えてしまうのは良くないな。ロシェありがとう。少し元気出たよ」 『それならよかったわ。まぁミアのことは近衛兵の人達を信じるとして、私達はどうする?』 「う~ん。結構慌ただしくこの街まで来てしまったし、もうしばらくのんびりしても良いかなと思ってるんだけど。・・・そういえばサムール村はどうなったんだろう?カルヘルド手前で襲われたから向こうもサムール村に残ってはいないと思うけど」 『気になるのなら見に行ってみる?』 「気になるといえばなるけど、何もされてなかった可能性もあるし、何かされてたとしてもハロルドさんが上手く対処している気がする。俺がいまさら行ったところでできることもなさそうなんだよな」しばらく他に良い案も浮かばずベッドに寝転がりぼ~っと天井を眺める。
道中は聞いていた通り道も整備されており、護衛を連れていない商人や平民の様な人達ともちらほらすれ違った。やはり心配しすぎだったかもと思いつつも初めての道だし、慎重を期しただけだと自分を納得させることにした。 数時間後、予想通り何事もなくヒシナリ港まで到着することができた。「到着っと。まあやっぱり何もなかったな。帰りはどうする?見て分かったと思うが、護衛なんていらなかったろ?」確かに道中、魔物の一匹も見かけなかった。その上慣れているらしいこの辺りの人は普通に往来していた。「そうですね。でも、ログさんは良いんですか?」 「あぁ気にすんな。俺は普段からよくこっちに来てるからな。珍しい護衛依頼を見かけたからついでに受けただけだ。適当に飯でも食って帰るからよ」 「分かりました。ここまでの護衛ありがとうございました」 「おうよ。まぁ、ここには珍しいもんもあるから楽しんでいってくれ」そういうとログさんはひらひらと手を振りながら飯屋に入っていった。 改めてみるとヒシナリ港は海に向けて土地の一部が突出しており、そこにちょうど大小様々な船が停船していた。 今日の荷揚げはもう終わっているようで、一部の船は既に出航していた。 周りには新鮮な魚や別大陸の食材を売りにした食事処や、取れたての魚の販売や貝殻などをアクセサリに加工した露店など色々な店が並んでいた。『結構賑やかね。それに海って本当に終わりが見えないのね。水の上にあんなに大きな船が浮かんでいるのも初めて見たわ』 「あぁ、この辺は岸辺だから大丈夫だろうけど、先に行くと深さも信じられないくらい深い場所もあるからな。俺も海は久しぶりに見た気がする」 『へぇ。そうなのね』ロシェは海の景色を気に入ってくれたようだ。物珍し気に眺めている。 俺も同じように眺めていたのだが、ふと人通りに目を向けるとそこには黒髪でゆったりしたローブを身にまとった女性が立っていた。 こちらの世界に来てから黒髪の人間はほとんど見なかった。それに何となく懐かしさを感じて見ていると、向こうもこちらに気づいたらしく目が合った。
朝になると窓の外が騒がしくなり目が覚めた。窓を開けていると今日も大陸からの船が到着したようで荷揚げや朝市が開かれていた。『朝はこんなに活気があるのね』 「あぁ、荷揚げ作業もだけど、商人とか欲しいものがある人達にとっては早い者勝ちなところがあるからな。希少な物はオークション形式にしているみたいだし、これだけ賑やかになるのも仕方ない」近場で朝食を食べてからせっかくだからと朝市を見て回り、気になったものなどをいくつか取引していると昼前になっていた。思いのほか長居したなと思いながら昼食を食べ終えて、カルヘルドへの帰路に着くことにした。 しばらく街道を進んでいると近くの森の方から金属を打ち付けたような音が聞こえてきた。『森の中で誰か戦っているようね』 「えっ?でもこの辺は魔物もほとんどみないって」 『そうね。戦ってる相手が魔物とは限らないけど』言われてみれば確かに。こんなに人通りの多いところでは盗賊なども難しいとは思うが絶対じゃない。特に森の中に誘い込めれば人に見られない様にするのも容易だろう。 とはいえ、俺が行っても何の助けにもならない。ロシェなら不意打ちできるかもしれないが反撃にあう可能性もあるだろう。 迷いはしたが、やはり気づいてしまった以上見捨てるのは寝覚めが悪い。「ロシェ、悪いけどいざという時は頼めるか?」 『助けに行くの?相変わらずお人好しね。まぁ私もそのおかげで助けられた側だしね。任せて』 「ありがとう」恐る恐る近づいていくと、やがて争いの音も聞こえなくなった。まずい、すでに決着がついてしまったのかもしれない。気を付けつつも音がしたほうへ急ぐとそこには倒れ伏す人影とそのそばに立つ人影の二つがあった。「誰だ?こいつの仲間か?」立っていた人影の方がこちらに振り向いて誰何の声を上げた。 その姿には見覚えがあった。昨日ヒシナリ港で見かけた黒髪の女性だ。「ん?お前は確か昨日の」向こうもこちらのことを覚えていたらしい。 何故か怪訝そうな表情を浮かべている。「仲間じゃない。誰かが
「やめろーーー!!」言葉と同時、指向性だけを持たされた魔力の塊が黒ずくめの男に放たれた。「なっ?」また先ほどと同じような膜のようなものが男を守ろうとしていたが、タミルの魔力に耐えきれずにバリン!と割れる音を残して男を吹き飛ばした。「ぐっ!こ、こいつ魔導士だったのか。そんな素振りは全くなかったぞ」予想外のところから攻撃を受けた男は受け身も取れずに壁に叩きつけられていた。 よろよろと立ち上がろうとしている今なら俺でも取り押さえられるかもしれない。 俺は咄嗟に駆け出して男の両腕を押さえつけようとしたが、それに気づいた男が腕を振り回して俺の拘束から逃れた。「ちっ!不意を突かれたとはいえただの素人にやられたりはせん。それより逆らっていいのか?これ以上逆らえば、タミルだけでなくこのハイドキャットの命もないぞ」 「ぐっ!くそっ」やはり俺ではこういう時に何の役にも立たない。男はタミルの魔法を警戒して俺たち二人から視線を逸らさないままタミルに猿轡を噛ませようとしていた。「フリーズランス!」そこに突如第三者の声が乱入してきた。飛来した氷の槍は寸分違わず黒ずくめの男の右肩に突き刺さった。男はそのまま勢いに押され、タミルさんを放して地面に倒れこんだ。「ぐぁ!ま、また魔法だと、何なんだいったい」男はそれでも右肩を抑え立ち上がろうとしていたが、近づいてきた女が次の魔法を放つ方が早かった。「フリーズロック」床を這う氷の蔦が男の足に絡みつきそのまま男の下半身を氷漬けにする。「し、しまった!くっ、お前はもう一人の魔導士のほうか。俺に気づかれない様にあとから近づいてきたという訳か」男の言う通り、そこには魔法を放った張本人のカサネさんが立っていた。「アキツグさんとりあえず、その男を拘束してください」 「え?あ、あぁ分かった」展開に付いて行けず、とりあえず言われた通りに俺は男に近づこうとした。「失敗か。無念。ぐっ!」それに対して男は何かをかみ砕いたかと思
タミルさんとの交渉が失敗に終わり、俺達は一旦街まで戻ってきた。 宿屋の食堂で昼食を取りながらこの後どうするかを考える。「ミアには報告の手紙でも出すとして、このあとどうしようか?」 「う~ん。私も冒険者ギルドで依頼を受けながら何となく旅をしていた感じなので特に目的地っていうものはないんですよね」カサネさんが少し困った様子でそう答える。 俺も同じようなものなんだよな。そういうほどこの世界に来て年月は経ってないが。 俺はミアから貰った大陸地図を広げながら、近場の村の一つを指さす。「そうだな。近場だとハイン村があって、大きな牧場をやっているらしい。ホワイトブルやフラワーシープって動物の牧畜をやってて、その肉やミルクと体毛が特産品みたいだな。肉は一度食べたことがあるけど、本当に美味しかったぞ。体毛は貴族のドレスなどの材料になるらしいな」 「牧場ですか。あまり見る機会はないので、行ってみるのも良さそうですね」次に大陸の北と南にある街を指した。「このマグザとパーセルにはどちらも魔法学園があるらしい。魔法のことを調べるならこのどちらかに行ってみるのも良いかもな。魔法嫌いな人間は居なさそうだけど」 「魔法学園ですか。どんなことを教えてるのか気になりますね。私は殆ど独学でしたから」やはり魔法が好きなのだろう。その表情は生き生きしていた。 スキルがあるとはいえ、前の世界にはなかった魔法という存在を独学でここまで使いこなしている彼女はやっぱり才能があるのだろう。「急ぐたびでもないし、両方行ってみても良いかもな。俺も魔法には興味が出てきたし」 「使えるようになると良いんですけどね。なんだかすみません。。」 「いやいや謝らないでくれ。望まない人から無理に貰うつもりはないから」と、そんな話をしているところでリリアさんが一通の手紙を持ってきた。「アキツグさん、これ先ほど宿の外であなたに渡して欲しいと頼まれまして。中に居ますよって言ったんですが、急いでいるからと」 「手紙?誰からだろう?あ、ありがとうございます」 「いえい
次の日、コウタから聞いていたクロックド商店のクレル茶葉を購入してから、ロシェの案内で南の森の小屋に向かった。『あそこよ。気配はあるから家の中にいるようね』 「そうか。ありがとう」ロシェに礼を言って、扉をノックしてみる。 扉の中からは少しの間反応がなかったが、その後確認するかのように扉が開かれた。「誰だ?こんな森の中に態々知らない人間が来るなんて」出てきたのは20代くらいの青年だった。この人がタミルさんか。「初めまして。俺は商人のアキツグです」 「私はカサネです」 「タミルだ。やはりどっちも聞いたことないな。何の用だ?」タミルさんは訝しげに聞いてくる。 俺はミアから渡された封筒をタミルさんに差し出しながら答える。「ミアからの紹介で、少しお話をさせて頂きたくて伺いました」 「ミア?・・・これは!?ミアってまさかエルミア様のことか!?」俺は敢えて正式名称で呼ばないようにしたのだが、タミルさんは手紙を見るや驚いて大声で聞いてきた。そのあと自分の声に気づいて慌てて口を閉じる。「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが、そうです。ミアとはとある事件で知り合って、今は大事な友人です」 「この国の王女を友人って・・・あんた変わってるな。まぁだからこそエルミア様がこんな手紙を渡したんだろうが。分かった。とりあえず話は聞こう」そう言って、タミルさんは俺達を中へ招いてくれた。 招き入れる時、ロシェを見て少し表情を緩ませたように見えた。 そして、調理場と思われるところでポッドでお湯を沸かし始めた。「あ、これ。良ければ使ってください。」ちょうど良いタイミングだったので、俺は手土産に持ってきた茶葉を差し出した。「あぁ、悪いな。ん?これは、あの店のクレル茶葉じゃないか。良いセンスしてるな。それとも態々俺の好みでも誰かから聞いたのか?」 「えぇ、偶々知り合いから」 「へぇ。まぁ隠してるわけでもないし、別にいいけどな」先ほどより少し機嫌がよ
話を聞いている内に日も暮れてきたため、タミルさんのところへは明日向かうことにして、今晩は宿屋『夜の調べ』で休むことにした。「いらっしゃいませ。あら?あなたはアキツグさん?」 「リリアさん、お久しぶりです。2部屋開いてますか?」 「えぇ、空いてますよ。お連れさんがいらっしゃるんですね」 「はい。またお世話になります」 「カサネです。よろしくお願いします」 「ご丁寧にどうも。私はこの宿屋の亭主でリリアです。こちらこそよろしくお願いしますね」カサネさんの挨拶に丁寧に返しながら、リリアさんはちらっとこちらを見たが、特に何か言うこともなく部屋に案内された。やっぱり誤解されている?ある意味はっきり聞かれたほうが否定できて楽かもしれなかった。 部屋に荷物を置き、夕食を頂くことにした。「明日はタミルさんに会いに行くんですよね?」 「そうだな。折角ここまで来たんだし、何もせずに諦めるっていうのもな」俺もカサネさんも難しい顔をしていた。あんな話を聞いた後では無理もないだろう。 と、そこでリリアさんが壇上に上がり歌い始めた。「綺麗な歌声ですね」 「あぁ、久しぶりに聞くけどやっぱり彼女の歌声は癒されるな」先ほどまでの雰囲気が嘘のように穏やかな気持ちで彼女の歌に聞き惚れていた。 食事を終えて部屋に戻るとロシェが部屋で丸くなって休んでいた。「ロシェおかえり。今日は悪かったな」 『ただいま。というか、この状況でお帰りは私のセリフの様な気がするけど』 「ははっ。そうかもな。ただいま」 『それで、会いに行った兄妹はどうだったの?』 「あぁ、すっかり元気になっていたよ。コウタの方も働き口を見つけたみたいでな・・・」と、ロシェに今日あったことを話した。『良かったじゃない。これで一つアキツグの心配の種も減ったわけね』 「そうだな。あの様子ならあの子たちは大丈夫だろう。俺なんかよりずっとしっかりしてるしな」実際あの歳なら遊びたい盛りだろうに、親もなく二人で生活している
話にも一区切りつき、二人の元気な様子も確認できた。 まだ行くところもあったため、今日はそろそろお暇することにした。「カサネお姉ちゃん、絶対また来てね」 「えぇ。コヨネちゃんも元気でね」いつの間にやらコヨネはカサネさんのことをお姉ちゃんと呼んでいた。 カサネさんも満更ではない様で嬉しそうにしつつも別れの挨拶をしていた。「コウタ、もういくつか薬渡しておくな。まだ働き始めだから大変だろうけど、頑張れよ」 「あ、ありがとう。実は言い出しにくかったんだ。もう少しすれば薬を買う余裕もできると思うから頑張るよ。いつか絶対にこの恩は返すから」 「期待して待ってるよ。今は自分達のことを第一に考えればいい」そうして二人と別れを告げると、次は商業区にあるハロルドさんのお店に向かった。 店に入り店員さんにハロルドさんを呼んでもらうと、少ししてハロルドさんがやってきた。「おぉ!アキツグさん、ギルドから聞いてはいましたがよくご無事で。また再会できて嬉しいです」 「ハロルドさん、お久しぶりです。色々ありましたが何とか戻ってこれました」 「こんなところで立ち話もなんですから、とりあえずこちらへどうぞ」そう言って、部屋に案内された。「そちらの方は初めましてですな。私は商人のハロルドと申します。以後よろしくお願いいたします」 「初めまして、私はカサネです。よろしくお願いします」 「それにしても綺麗な方ですな。もしやアキツグさんの恋人ですかな?」 「いやいや、違いますって。途中で一緒になった旅の仲間です」なんだ?この街の人は色恋沙汰が好きな傾向でもあるのか? 今日二度も聞かれたためか、カサネさんも心なしか恥ずかしそうにしているし。「これは失礼を。お似合いのお二人だと思ったもので思わず聞いてしまいました。 それで本日は何か御用事がおありで?」 「いえ、ちょっとした用事でこちらまで戻ってきたので、ご報告も兼ねてご挨拶をと思いまして」 「なるほど。確かにあの後色々あったみたいですからな
その後、最近の様子などをコヨネから聞いていると、入口の扉が開いた。「ただいま~っと、あれ?お客さんか?・・・あ!アキツグさんじゃないか。戻ってきたんだ!」 「コウタ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」 「そうなんだ。コヨネがすっかり元気になってさ!全部アキツグさんのおかげだよ!」コウタは俺に気づくと、嬉しそうに俺に礼を言ってきた。「いや、二人が頑張ったからだよ。俺はちょっと手伝っただけさ。でも、今コヨネちゃんにも言ったけど、完治できるかはこれからに掛かってるからな。油断せずにこれからも気を付けるんだぞ」 「うん。うん。アキツグさんの言いつけを守って頑張るよ。そうだ!聞いてくれよ。俺、工場で働かせて貰えるようになったんだ。まだまだ下働きだけど、親方も頑張ってるって褒めてくれてさ!」コウタも初めて会った頃と違ってすっかり明るくなったようだ。 約束通り盗みも止めていたし、働き口も見つかったようで安心した。 これなら、コヨネちゃんも良くなっていくだろう。「あぁ、コヨネちゃんからも聞いたよ。頑張ってるみたいだな。二人が元気になって俺も嬉しいよ」 「お兄ちゃん、気持ちは分かるけどカサネさんにもちゃんと挨拶して」コヨネちゃんがそう言うと、コウタはそこで初めてカサネが居たことに気づいたようで、慌てて謝った。「あ、ご、ごめんなさい。俺、コウタって言います。コヨネの兄です」 「初めましてコウタ君。私はカサネです。気にしなくても大丈夫ですよ。ふふっ、二人とも本当にアキツグさんのことが好きなんですね」楽しそうにカサネが笑った。 コウタが恥ずかしそうにしながらも返事をする。「アキツグさんは俺達の恩人だから。俺はアキツグさんに悪いことをしたのに、話を聞いて妹の治療までしてくれたんだ。いくら感謝してもし足りないくらいだよ」 「誰にだって魔がさすことはある。コウタの場合は妹のためって理由もあったしな。今はちゃんと反省して働いているんだし、そう気に病むことはないさ」 「ありがとう。もうあんなことはしないよ。約束したしな」
数日の旅路を越えて再びロンデールの街に戻ってきた。「思えばここからミアを連れて行ったんだよな。あの時はあんな大事に巻き込まれるなんて思いもしなかったけど」 「最後には王国の危機を救う手助けになっちゃいましたね」隣でカサネさんがくすくす笑っている。 笑いごとで済んで良かったよ。もし失敗してたら大惨事だったもんな。。「ハロルドさんにもあいさつに行かないとなぁ。とはいえ、まずは彼らの様子を見に行くか。カサネさんはどうする?」 「宜しければご一緒して良いですか?お話を聞いてたから私も妹さんのこと気になります」 「じゃ、一緒に行こうか。ロシェも・・・あっ!あ~ロシェは少し散歩でもしてきてくれるか?実はその子、喘息っていう病気でな。動物の毛とかで病状が悪化する可能性があるんだ」 『そういうことなら仕方ないわね。私はどこかで適当に休んでおくわ』 「悪いな」ということで、カサネさんと二人の家に向かうことになった。 コウタの家に到着し、扉をノックする。「は~い」中から女の子の声が返ってきた。コヨネちゃんのようだが随分元気そうだな。 少しすると扉を開けてコヨネが姿を見せた。「どちらさまで・・・あれ?もしかしてアキツグさん?アキツグさん!お久しぶりです。見て下さい、アキツグさんから頂いたお薬のおかげで私動けるようになりました!こ、こほっ」俺に気づいたコヨネちゃんが嬉しそうに現状を伝えてくれた。勢いが過ぎてまた咳が出てしまったようだが。「あぁ、元気そうで安心したよ。そんなに慌てなくても良いから。コウタは外出中か?」 「はい。お兄ちゃんはお仕事に行ってます。アキツグさんが旅に出たあと少しして、工場の下働きとして働かせて貰えるようになったんです。っと、すみません。もう一人いらしたんですね。初めまして、私コヨネっています」 「初めまして、私はカサネです。アキツグさんとはヒシナリ港で会ってね。それから同行させて貰っているんです」 「わぁ!ヒシナリ港って海があるところですよね?私見たことないんです。いいなぁ。あ、すみません
「時間もあるし、とりあえず私の部屋に戻りましょ」とミアが自分の部屋へ案内してくれた。「改めて、皆ありがとうね。お蔭で私もお父様も無事で事態を解決することができたわ」 「上手くいったみたいで良かったよ」 「本当に。あの夜は気になってあまり眠れませんでした」 『ミアは少し危なかったけどね。兵士さんが駆けつけてくれて良かったわ』ロシェの発言に俺とカサネさんは驚いた。ミアは少しばつが悪そうにしている。 俺達は二人からあの夜何があったのかを聞いた。「攫われる一歩手前じゃないか。ロシェに頼んで正解だったな」 「えぇ。対策はしたつもりだったけど、あの人数は想定外だったわ」 「それにしてもミアも魔法が使えたんだな。この前の道中では見なかったけど」 「なるべく知られたくなかったからね。本当にいざという時以外は使わない様にしていたの」そういうミアは少し申し訳なさそうにしていた。あの時のミアは依頼人みたいなものだったし、護衛も居たのだから彼女が謝る理由はないのだが。「別に気にする必要はないさ。あの時ミアは護衛対象だったしな。それに予想通り大事なところでそれが役に立ったんだから正解だったわけだ」 「ありがとう。それにしても本当に何も褒美を貰わなくて良かったの?あんな計画を阻止した功労者なんだから、ある程度のことなら通ったと思うわよ?」ミアは勿体ないという顔でこちらを見ていたが、二人とも特に欲しいものもなかったからあの回答で正解だろう。「あぁ、俺は偶々あいつらの話を聞けただけで、襲撃時には何の役にも立ってなかったしな」 「私はついて行って話を聞いてたくらいでしたからなおさらですね」 「聞きそびれていたけど、ロシェは良かったか?もし何かあれば今からでも頼んでみるが」 『特にないわ。もしあるならあの時に言ったわよ』 「そうか。なら問題ないな」俺達は納得したのだが、助けられた側のミアとしては何か納得しづらいようだ。 何かいい案はないかと首を捻っている。「う~ん。じゃぁ私個人に対して
朝になって俺達が待ちきれずに王城へ向かおうとすると、そこにちょうど兵士の一人が伝言を伝えに来た。 どうやら国王の暗殺計画は失敗に終わり、ミア達も無事だったようだ。 それは良いのだが、何故か俺達が功労者として国王との謁見を許可されたという話まで一緒について来ていた。「えぇ、、どうする?これ」 「どうするも何も、私達に断る権利なんてないと思いますよ」困惑する俺に対して、カサネさんも同じように動揺しながらもどうしようもない事実を告げる。「そうだよな。国王様からの謁見の招待を断るなんて、よほどの理由がないと無理だよな・・・」ミアとは出会った状況が特殊だったから、その後もそれほど気負わず付き合えているが、いきなり国王と知ってる相手となると恐れ多さが出てきてしまう。「私も気持ちは分かりますが、あのミアさんのお父様なのですし少なくとも悪い方ではないと思いますよ」 「まぁ・・・そうかもな。それに功労者として呼ばれてるわけだし、変なことにはならないはずだよな。緊張はするけど」 「えぇ。礼儀に気を付けて言われたことに応えさえすれば大丈夫だと思います」カサネさんにそう言われて俺は気づく。「俺、この国の礼儀作法とか全然分からないぞ!?」 「そう言われると私も不安かも。商業ギルドで聞いてみましょうか」 「何で商業ギルドなんだ?」 「何となく冒険者ギルドよりは、礼儀が大事な気がしません?あと情報を聞くならギルドが一番無難かなと思ったんです」確かに。一番良いのは王城の人だろうが、昨日の騒動が収まっていない今言っても邪魔になるだけだろう。そういう意味ではギルドは正しい判断だと思う。「そうだな。商業ギルドで聞いてみるか」やるべきことが決まったところで早速商業ギルドに向かった。 流石に王都にあるギルドだけあって謁見の際の作法についても知っていた。 二人で少量の謝礼を払い簡単な講義を受けた。 幸いなことにそれほど難しい内容ではなかったので、これなら大丈夫だろう。 その後も衣装など、失礼にならない程度